« 遊ぼうよ | トップページ | 眠むい »

2011年4月21日 (木)

行き過ぎた写真の掲載について物申したい~その1

東関東大震災により多くの亡くなられた方がたに

心よりお悔やみ申し上げます。

また多くの動物達が亡くなった事に対しまして、

鎮魂の意を表したいと思います。

Img_5320

東関東大地震と東電の原発の2重被災が起こる中、

奇跡的に生存した動物達を救済している獣医師会、

動物愛護団体、個人ボランティアさんなどが多く活躍

され、その行動力には尊敬に値するものがあり、

猫を愛するものとして何らかの形で

自分にできることで支援していきたいとも思って

います。

しかしながら被災地の凄惨さを伝えようとするあまり、

被災地に取り残された動物達の遺骸を撮影し、

ブログやホームページに写真を添付しているものを

多く見かけることが増えました。

そのような行き過ぎた写真掲載について、

一言申し上げたいと思います。

誰も彼も想像していなかった被災状況は凄惨で、

現地では目に入った動物達の悲惨な状況を

興奮した状態で撮影している事だろうと思います。

しかし、被災者の方がたは命からがら逃げてきた

ものの、愛する動物達を置いてきた

後悔と自責の念に、常にさいなまれています。

周りの方達も同じように被災しており、自分だけが

悲しみにくれることは許されないと、自分の心を

押し殺して生活に忙殺されながら考える暇もなく

日々過ごしているのです。

そのような状況の中、自分の知らないところで

勝手に愛するわが子同然の動物達のボロボロに

なった亡骸を撮影され、愛護というプロパガンダの元

変なキャプションをつけてネット上で公開された事

を知ったら、どんなに悲しむ事でしょうか。

こんな事なら原発危険地帯でも人を押しのけてでも

進入したかったと自分を責め続ける事でしょう。

飼い主さんが奇跡的に生存したとしても、

愛する子を助けられなかった後悔と悲しみに加え、

さらに愛する子の遺骸を人前に曝し、

土の中で静かに眠らせる事もできなかった

事にまた再び悲しみにくれる事でしょう。

知らず知らずのうちに遺骸写真をリンクし、

ネット上に添付している方がたに、

お伺いしたい。

この震災が自分に起こった出来事で、自分の愛する

動物達の遺骸がネット上で公開されていたら平素で

いられるのでしょうか?

「共食いをした」「餓死した」「死体をむさぼった」という

単語に

「私の○○ちゃんが」

「私の愛犬が」

「私の愛猫が」

「我が家の牛が」

と付け加え、

自分の愛する動物達の事だったら、と

自分に置き換えて考えていただきたいと思います。

そして判断力のまだついていない子供達にとって、

それは恐怖と残虐性を刺激し、命に無感覚な感性を

知らず知らずのうちに作る事だと思います。

写真という媒体はありのままを写し、何枚も複製が

作れるところに良しも悪しもあります。故に

撮影する側の考えやモラルがより重要になります。

特に被災していない地域の私達ができることは

被災者の方達に対して、節電などの物理的な事も

確かに大事ですが、さらにネット上で

被災者の方がたを精神的に追い込まないように

慎重に情報を映像を流す事が必要だと思います。

それは事実を隠蔽することとは違います。

被災し今までの生活を失った以上の

さらに不快な思いをさせないという事です。

事実を第三者に伝えるという事は、

マナーとそれなりのルールがあるのです。

いろいろな情報が映像が蔓延する中で、

受け取る方も情報に流されることなく、

よく考えて理解し、品質の高いものを選ぶ努力を

しなけれればいけないと思います。

Bushilog_0314_2

どうか本当に被災地の動物の亡骸の写真を曝す事は

本当に意義のあることなのか、

一度御自身に問いただしていただきたいと思います。

そのような写真を掲載している愛護団体が

例えどんなに立派な行動をされようとも、

無神経に人の家にドカドカ勝手に入ってくるような

押し付けがましくも、自分達の正当性を傘に

無差別に遺骸の略奪と献金を主張しているようにしか

私には思えません。

混沌した中だからこそ気遣いを尊厳を

必要以上に守ってほしいと願います。

|

« 遊ぼうよ | トップページ | 眠むい »

その他」カテゴリの記事

コメント

太っちょ君の母さんへ
私は社会的になんのしがらみもないので、毒くづく事ができるのです。
母さんは偽善者なんかじゃありません!
ぶたさんマークの方の保護の仕方は正攻法だと思いました。地元の方の許可なく動かない、なるべく多くの協力を得てから動く事は大事なことだと思います。それは別として、
今回の件は私がこらえ性が足りないからです。
某HPを見て、多くの方がリンクして、残虐性に涙しているようですが、残虐だと非難する相手を完全に履き違えており、遺骸を撮影しやすいように配置撮影、hpに掲載した人の行為の方が下劣かつ残虐だと思います。
でももっと様々な問題は想像以上に大きくてこんな小さい事でゴタゴタ言ってられるのも今のうちのような気もします。

投稿: ayyan | 2011年4月21日 (木) 19時07分

ayyan?
貴女は私の言いたい事全てを代替えしてブログで書き綴ってくれました。書きたくてもどうしても書けなくて••だから私は偽善者であると自分で思っています。
この勇気を心より、心より称賛致します。

辛いのは誰よりも飼い主の方々です。
そしてこれからはずっとその自責の念に駆られて生きて行かねばならない。辛いのは写真を撮りそれを見る人ではなくて、全くの準備も無く招集されて、バスでつれてこられて、動物達をそのままにして行かなくてはならなかった、飼い主の人達です。
そして他人事ではなく、自分達にも何時起こってもおかしくない出来事です。

”愛護というプロパガンダの元”
これを大きくはき違えていらっしゃる方達も多々いらっしゃると思います。

投稿: 太っちょの母 | 2011年4月21日 (木) 09時57分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 遊ぼうよ | トップページ | 眠むい »